私を支えてくださった方々③富山演奏会の為の旅④


生徒さんが
大きな大きな梨をくださいました。

瑞々しくて、甘い梨。




ふるさと富山は 
呉羽という地域の梨が
名産です。




小さいころから
おばあちゃんが
袋いっぱいに買ってきてくれて、
食べていました。







大人になってからは
おばあちゃんや母が時々
送ってくれては美味しいなあ、
味わっていました。





母はさいたまに来ましたし、
おばあちゃんは天国に帰りました。





生徒さんに頂いた梨を味わいながら
記憶の優しさに 
ほっこり
あたたかくなりました。

富山での演奏会の旅。
私を支えてくださった方は沢山います。





その中で、 
ごく個人的に今回お会いして
時を過ごすことのできた方々を
振り返って
綴っています。
 
その3回目です。




音楽理論、ソルフェージュの師 松本清先生.明子先生ご夫妻


高校1年生。
私は音大受験を決めました。




しかし、それまで県のコンクールで受賞してきたものの、
基礎が出来ていないことに
はっきりと気づきます。




 

その事を気づかせてくださったのが、
今回コンサートの主役、
岡野宏映先生でした。






将来のために
やるしかありません。


ピアノは宏映先生に。


それ以外の試験内容の勉強は
(ソルフェージュなど)
宏映先生のお友達、
松本清先生、明子先生ご夫妻を
ご紹介頂きました。




行きたい場所へ行くためには
こなす事がありすぎて
何をどうしたらよいのか、
本当に気持ちがついていきませんでした。







3年後、

そして
私は東京音楽大学のピアノ科に
進路が決まり入学となりました。




それから20年余り、
今回のコンサートで
明子先生のお姿に出会ったとき
懐かしさとうれしさでいっぱいになりました。
聴いてくださり、
パーティーの後に
ご夫妻で
ご夫妻の懐かしいおうちに
お連れくださり、

私の為に
美味しいプリンとロールケーキを
準備くださっていました。


そのロールケーキの美味しかったこと。


生クリームのコクと香り。
本物を丁寧に作り
やさしいスポンジケーキに巻かれ
本当に美味しかったです。








夜中の時間帯なのに
「僕たちはいつでも構わないよ」
と、気さくで


まるで
学生のときと同じような感覚で
先生ご夫妻を慕う自分がいました。

音楽の息吹の中に浸るような感覚の時間。



     

ご夫妻は
ドイツで学ばれて
富山大学に招かれ、来富。
永住されました。


だからか、
大陸的で
視野が寛やかで
おだやかで
真理をかみくだいて
ゆっくり私の速度で
語り続けてくださいました。




はっと

私は
気づいたのです。



先生ご夫妻から
「何やってるの?」
とか、


「だめだね」

と言われた事が1回もない。




「半袖の時期までに頑張らないときついよ^ - ^」(夏までにするべきことをしないと受験は難しいよ)
とは言われて、
成果が上がっていないと感じていた私は
私は衣替えの時期が来ても半袖のままでいました(笑)

その時のことを思い出しては
のちのち
ずっと
先生夫妻と笑い合ってきました。


先生方は
生徒の出来なさではなくて、
いつも音楽の真理の源に立っておられました。


清先生は作曲家。
明子先生は声楽家。


ともにドイツで
国家音楽家のマイスターを持たれています。

ですのに偉ぶる感覚がなく、
いつも 明るく穏やかで、
「やえこ^ - ^」
と声かけくださり続けました。


わたしにとっての
オアシスでした。

今、わたしにとって音楽は喜びであり
日常に響くもの、となった
その原点には、

松本先生ご夫妻のように
本物の本物の方が
自然体で
音楽に生きておられる、そのお姿を見続けてきた高校,大学時代があったからかもしれません。

清先生のチェンバロの館の上に
お屋根を開け閉めできる
空に開かれた天体室がありました。

懐中電灯で照らしながら
招いてくださいました。


土星の輪と
火星を
天体望遠鏡でみせてくださいました。


火星は縁が緑色で
中は黒い模様がありました。




目をこらし
静かに凝視しているうちに
ぼんやり
そしてはっきりと
土星の輪が見えました。



宇宙はここにある。
今私たちは
この天体の中に生かされてているんだ、と、
神秘がこんなにも日常に響いているのだ、と 
静かな感動に満たされました。



ご夫妻は富山駅側のその日の宿である
ホテルまで送ってくださり、
明子先生はわたしのスーツケースを運んで
ロビーまでさっさと早歩きで向かわれました。
その後ろ姿に
なんだか涙が出てきました。



客室に腰を下ろしてもなお、
先生方の存在へのありがたみに満たされ
しばし、ワンピースのまま
余韻の中にいました。

時計は
深夜0時を回っていました。



 

松本先生ご夫妻は
変わっておられなかった。



ずっとずっと
かわらない音楽の中に
息吹続けておられる。

「富山、近くなったのだから 
   また帰っておいで。」。



北陸新幹線で2時間。
2時間の距離が
わたしにとって
おそろしく遠くなっていました。


それが
こんなに一瞬にして
2時間より近い場所であると知らせてくださった福音。




富山時代は
かけがえのない一部。


神さま、ありがとう。

ときの流れは
長く感じていた歴史を
この夏
やさしさの中で
実りを知らせてくださいました。








さいたま市 浦和区 緑区 ピアノ教室
まえだやえこ